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一年に一度のロマンスです♪・・・パート4

先ほどは、七夕の伝説でも馴染みの「織女星」とと「牽牛星」のことについて書きました。七夕に短冊に願い事を書くという風習がありますね。それでは、続いては、短冊に願い事を書く理由について書いていきたいと思います。

★短冊に願い事を書く理由について

♪「笹の葉さらさら  軒端(のきば)にゆれる
  お星さまきらきら  金銀砂子(きんぎんすなご)

  五色(ごしき)短冊  私が書いた
  お星さまきらきら  空から見てる」

(権藤(ごんどう)はなよ・林 柳波(りゅうは)作詞
下総晥一(しもふさかんいち)作曲『たなばたさま』
〔昭和 16年作〕より

全国に七夕祭りはいろいろとありますが、七夕といってすぐに思い出されるのは、この唱歌とともに、願い事を書いた短冊を笹の枝に飾ることではないでしょうか。でも、なぜ、織女(しゅくじょ)と牽牛(けんぎゅう)に、願いをかけるようになったのでしょうか。
それは、中国で七夕伝説を基に生まれた儀式「乞巧奠(きこうでん)」に由来します。織女が機織(はたお)りが巧みだったことにちなんで。裁縫の上達を祈るというもので、この儀式は、唐の時代に、玄宗皇帝が楊貴妃とともに織女と牽牛を祀って遊宴したのが始まりとされています。
7月7日の夜、女性たちは、庭の台に置いて酒肴(しゅこう)、瓜、果物、菓子などを供え、7本の針に5色の糸を通して祭壇に供えたといいます。5色とは青、赤、黄、白、黒で、中国の陰陽五行説(おんみょうごぎょうせつ)に基づく色です。

日本にもこの儀礼が伝わって、孝謙(こうけん)天皇の天平勝宝(てんぴょうしょうほう)7(755)年に、初めて宮中で行われたとされています。平安時代になると宮中行事として定着します。裁縫だけでなく、和歌の上達も祈って笛や笙(しょう)を奏で、古人の和歌を朗詠(ろうえい)しました。
そして、天の川に見立てた銀白色の布をはさんで、参列者たちが即題の歌を詠んで交換したといいます。

この「七夕歌合(うたあわせ)」をはじめ、「七百首和歌」「七十韻連歌」「七調子の管弦」「七献(しちけん)の酒」など「七遊(ななあそび)」と呼ばれる遊びも行われました。

江戸時代には、幕府が七夕を五節供のひとつと定めたため、武家や庶民の間でも、七夕行事が盛んに行われるようになりました。願い事を5色の短冊に書いて笹の葉に飾るのも、この時代に定着したもので、7月6日の夕べから竹を立てたといいます。竹には5色の短冊はもちろん、吹流しや薬玉(くすだま)、紙衣(かみごろも)、瓢箪(ひょうたん)、そろばん、千両箱、鯛などを験(げん)を担いで飾りつけました。
また、江戸時代の書物には、七夕に素麺(そうめん)を食べると病気にならないとも記されています。本来は、小麦粉と米粉に塩を混ぜて縄のようにねじり上げた唐菓子・索餅(さくべい)と食べるとされていましたが、次第に、この索餅が素麺へと形を変えたとされています。

古来、受け継がれてきた代表的な七夕飾りには、裁縫の上達するよう願う「きぬこ」、豊年うを祈願する「棚飾り」、金運アップを願う「巾着」、そして表に願い事を書いて、こよりで結ぶ「5色の短冊」です。正式ににはピンクの代わりに黒の短冊を飾りました。

江戸時代に各藩の行事について記した『諸国風俗門状(しょこくふうぞくもんじょう)』によると、七夕の日に、竹に詩歌を書いた短冊を飾り、瓜、西瓜、果物などを供え、素麺を食べる風習があったといいます。

京都の冷泉家では、今も「乞巧奠(きこうでん)」が行われています。旧暦7月7日の夜、庭に祭壇「星の座」を設け、瓜、茄子、蒸蚫(むしあわび)、鯛といった、海幸、山幸を2組ずつ供える。さらに琴や琵琶(びわ)、5色の布や糸、星を映して眺めるための水を張った角盥(つのたらいなどを並べ、七夕の夜を祝います。

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